映画? どう始まったのか.

映画?

どう始まったのか

その発想は、絵コンテや企画書から生まれたわけではない。写真と写真のあいだの、静かな隙間から育っていった。誰も予定に組み込めない、あの瞬間から。

撮影の最中、私は〈間〉に目が行くようになった。食卓を囲んで窮屈に寄り合う時間、夕暮れのポーチで声がふっと柔らかくなる瞬間、カメラを閉じたあとにこぼれる無防備な笑い。演技が溶けて消え、その代わりに本物が座り込むのは、いつもそういうときだった。

〈「それを捉えたい」〉と私は思った。光や構図やアートだけではなく——誰も見ていないと思ったときに、人がふっと“自分であることをやめていく”、そのあり方を。

方法:見えない目撃者
私は小型のDJIカメラを、モデルたちが共同で使う部屋に置いた。
「気が向いたときに使って」と私は伝えた。「自分の物語を話して。互いにインタビューして。誰にも見られていないと思うことを、記録して」

私は、その会話の場に立ち会うことは一度もなかった。
耳に入ったのは断片だけ——たとえばある朝、ひとりがカメラを手に取る前に、もうひとりへ囁いた言葉。「言いたいことだけ言えばいい」。そして、そのあとの沈黙。気まずい沈黙ではない。ただ、許されている沈黙。

立ち上がってきた物語
後になって、ひとりで映像の断片と向き合いながら、私は彼らの中に宿っていた重みを少しずつ理解しはじめた。彼らが生き延びてきたもの——それは苦味ではなく、静かな反骨とともに抱えられていた。

彼らの声には自己憐憫がなかった。同情を乞う響きもない。ただ、困難に形づくられながらも折れなかった人生を、淡々と語り直していく、その揺るがない調子があった。

そして、そのとき腑に落ちた。これはただの「苦しみの物語」ではない。抵抗の行為なのだ。

彼らを残酷にし、硬くし、閉ざしてしまってもおかしくなかったものが、むしろ彼らを優しくした。より開かれた人間にした。他者の痛みにいっそう敏感にした。 それは悲劇じゃない。ひとつの英雄性だ。

裸体、そして脆さ
たしかに、いくつかの場面には裸体がある——私の写真と同じように。だが、それは挑発のためではない。傷跡がそこにあるのと同じ仕方で、そこにある。生きた証として。
身体は、美しく照らされるべき輪郭であるだけではない。それは、その人が耐え抜いてきたものの地図だ。

すべてが噛み合った夜
私はスエスカのことを思い出した。ハシエンダで過ごした最後の夜、アンドレス——一週間ほとんど口を開かなかった彼が——夕食の席で立ち上がった。震える手で私に携帯を差し出す。電話の向こうにいたのは彼の母の声だった。「アンドレスに与えてくれた機会に感謝します」
私はあの言葉を、一度も忘れたことがない。

そしてアンドレスは私を見て言った。「今まで一度も、何かの一部だと感じたことがなかった。裁かれない。『違うもの』として扱われない。ただ……受け入れられてるって感じた」

その瞬間、私は理解した。物語の核心は写真の中にあるのではない。
写真と写真のあいだ、その“空白”の中に息づいている。

なぜ、これは映画でなければならないのか
こうした瞬間はあまりにも脆く、記憶の中だけに置いておくには頼りないから。
そして世界には、回復力はいつも咆哮するわけではない——時には、あらゆる理由が「閉じろ」と囁くのに、それでも無防備なまま現れ続ける、その静かな行為なのだ——ということを見てほしいから。

この人たち——美しく、折れていないこの人たちは——目撃されるに値する。
被写体としてではなく。
ひとりの人間として。

 

[2025年—グアタペ:湖畔のヴィラでのクルー(空撮)]

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